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twitterへの引導

独裁社会をめざすtwitterにさようなら。twitter運営にとって都合の悪い事実を開示します。ぜひ拡散お願いします。

今日もtwitter運営に喧嘩を売られています(笑)

てめえで凍結しといて、広告出稿しませんかというDMが未だに届きます(笑)これは喧嘩売ってると捉えていいんですよね?いや本当に広告は出したかったんですけどねえ。

 

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そもそも、かつてtwitterがずっと赤字だというニュースが流れたとき、有料でも使うから課金プランも作ってくれればいいのに!という声が多数あがっていたのを覚えています。同時に、絵師をバンバン凍結するくせに、エロいプロモが普通に流れてくるツイッター広告に対する不信感の声も多かったように記憶しています。それなのになぜ運営は、相変わらず広告収入で何とかしようと考えているんでしょうね?運営にはネットユーザの視点が決定的に欠けていると感じるのはぼくだけでしょうか。

twitterという場はとても居心地が良いのは確かです。ユーザを無碍に扱う運営、ろくに答えないサポート、そこだけ改善してくれれば月額数百円くらいなら払う人は少なくないと個人的には思います。

 

これは中傷ではない事を予め断っておきますが、例の潜入したセミナーにおいて講師のTwitter Japanの森田さんは講演中、典型的な「すべからく」の誤用をしました。ネット民の多くにとって「すべからく」という言葉は、それに対する「誤用だよ」というツッコミまで含め、もはや古典的なテンプレと化しているくらい典型的な、「ネットでちょっと偉そうな事を言ってる人がハマりやすい誤用」という認識が定着していると思います。それを知らないくらい、森田さんは「ネット民」の視点を持ち合わせていないと言わざるを得ないでしょう。

また、「企業の公式アカウント同士の交流は好意的に見られますよ」というような話もしていました。お察しのとおり、シャープやタニタキングジムとかパインアメさんの事です。しかしユーザとして長年twitterを見てきた身としては、彼らはその路線を切り開いたパイオニアであるからこそ支持されているのであり、現在までそれが続いているのはもはや「お約束」の「様式美」としての価値を確立しているからに過ぎないとぼくは思います。

実際、企業の公式垢がユーザに馴れ馴れしく接したり、よその公式さんと馴れ合おうとしている姿はその後よく見られましたが、それらに対する視線は「二匹目のドジョウを狙っているんだろうが痛々しいだけだな」と厳しいもので、多くの企業公式垢が自然消滅していきました。森田さんの講演は、その点を意図的に隠したというより、本当に知らなかったんじゃないかとぼくには思えました。それ以外にも、たとえば「ラピュタに合わせてバルスって書き込みましょう!」とか公式が言い出したら醒めるだけだろ、みたいな事案も数多くありましたよね。自然発生的に起きるムーブメントが楽しいのであって、お仕着せのプロモーションなんて白けるだけというのもわからなかったんでしょう。

 

実際にセミナーを拝聴して、運営の意識はネットユーザのそれとかなりズレていると感じました。我々は楽しくコミュニケーションがしたいだけなのです。誰だって広告なんて見たくないのです。そのへん根本的に勘違いしているというか、肝心の「中の人」がネットユーザと意識があまりにも乖離しているというのがぼくの印象です。米Twitterは減収と先日報道がありました。そして日本の顧客は世界的にも特殊で、Twitterにとっては重要な市場だと言われています。その日本人がいまマストドンに大きな関心を寄せています。twitterに引導が渡される日はそう遠くないのかもしれません。